まいどッ❗
丸上営業部、原田隆と申します。
現在65歳で丸上入社7年目になります。生涯現役で頑張ってます。
西陣から丸上へ
タイトル通り私の『人生行路』を紹介させて頂きます。
京都で生まれ西陣のど真ん中で育ち、中学校卒業後、夜間高校に通いながら西陣織物•帯地メーカーに勤めました。昭和50年、当時はまだ西陣も交織(交織緞子八寸)の時代で、1〜2年後に正絹が主流となり現在に至っております。
私は営業で西陣の買継屋(西陣帯地産地問屋)を駆け巡っておりましたが、昭和57年に倒産。
その後、西陣買継屋に勤めましたが、追い打ちをかけるが如く2年で倒産。
そして東京支店がある買継屋に就職し、昭和59年に東京に上京致しました。
でも2年で退職し、日本橋人形町で開業していた呉服問屋に就職致しました。
バブル崩壊後の煽りを受け、11年勤めましたが廃業の為、解雇となりました。
その間、結婚し男3人の子供に恵まれました。
37歳でした私は呉服業界に踏ん切りをつけ、知人がコンビニを経営しており誘いを受け就職し、店長までになりました。
しかし年中無休の24時間営業は私に大きく重責がのしかかり、約2年間1日も休むことが出来ませんでした。
精神と体力を考えると限界でしたので退職致しました。
アルバイトと就職活動をする中、お声を頂いたのが呉服の加工屋でした。
藁をも掴む思いで飛び込みましたが肌が合わず2年で退職。
その後、運良く博多織のメーカーに就職することができました。
博多織では営業・作家活動で小売店と催事に行くことで様々なことを学ばせて頂きました。
そして人生最終章の時、丸上にお声を頂き勤めさせて頂いております。
私は丸上に対して感謝の思いで勤めています。
途中下車も有りましたが、呉服業界で営業一筋46年やって参りました。
今までの経験を生かし、生涯現役で丸上の一員としてお役に立てるよう頑張り決意しております。
最後に一言❗
『日々感謝❗日々挑戦‼️』
有難うございました。
